2月22日

 4時過ぎに目を覚ます。8時過ぎ、美栄橋のオリックスレンタカーで車を借りる。その車で、前回レンタカーを借りていた県庁前のお店まで、忘れ物のETCカードを受け取りにいく。別会社のレンタカーで乗り付けるのはさすがに躊躇われて、少し離れたところに駐車して受け取る。印刷屋さんでA1サイズのポスターを受け取り、スタバでアイスコーヒーを購入し、那覇インターを目指す。ETCカードリーダーが見当たらなかったので現金で料金を払うつもりだったけれど、入り口が近づいたところで「ETCカードが、確認できません」みたいな声がどこかから聴こえてくる。ダッシュボードを開けてみるとカードリーダーが見つかり、慌ててセットする。が、ETC専用レーンに入ったところで「エラー」と出てしまい、カードを入れ直し、どうにかバーが上がる。後ろにも車が並んでいたので、あたふたしてしまった。

 10時ごろになって名護市街にたどり着く。前回まわりそびれていた書店を2軒まわってみる。1軒は本当にこぢんまりした町の書店で、半分近くが雑誌、もう半分近くはエロだ。もう1軒は、「書店」とあるけれど、どうにも店舗営業している感じではなかった。前回お邪魔したお店にも、あらためて立ち寄ってみる。どちらも後日入荷してくださったようで、独立した店舗のほうには郷土書の棚に面陳で、ショッピングセンターな内の店舗のほうには入り口側の新刊台に平積みで並べてくださってある。そこから本部まで走り、本部町営市場へ。コーヒー屋さんの「みちくさ」、先日本をお渡ししたところ、すぐに読んで下さった上に、数冊でもよければ本を取り扱いたいと連絡をいただいたので、届けにやってきたのだ。

 お店の方が、コーヒーを淹れて出迎えてくださる。大きなサイズのポスターもお渡しして、市場のフリースペースに貼ってもらう。コーヒーを飲みながら、少し話す。『Light house』の話にもなり、「そうだ、観に行けてないんですけど、カツオベンチが出てきたって、話題になってるんです」と聞く。本部町はカツオの町として知られ、本部町営市場にはカツオをかたどったベンチがある。『Light house』の中で、コーヒー屋さんに関するシーンのところで、「カツオのさあ、あたまがおわったところから、 背中の、途中までのところ」「からだが削ぎ落されてる、(…)ひれのところを、背もたれにして座るベンチ」と登場人物が語る。那覇まで観劇に出かけた方が、「カツオベンチとは言わなかったけど、でもカツオベンチの話が出てきた」と伝えて、観劇にいけなかった人のあいだでも少し話題になっているらしかった。そんなふうに作品が遠くに拡散されていくことがあるんだなと思うと、なんだか心強いというのか、愉快な気持ちになってくる。

 コーヒーのお礼を言って市場をあとにして、エンジンをかけて車を走らせようとしたところで、電話がかかってくる。Hさんからだ。出てみると、公演関係者に陽性者が出たと、Hさんが言う。他の皆も、当日のうちに結果が出るPCR検査を受けたところで、橋本さんは今の基準だと濃厚接触者には当たらないものの、念のため先にお知らせしておこうと思って、と。電話を切り、ぐるぐると考える。たしかに濃厚接触者には当たらないけれど、一昨日の夕方に鼎談の収録があり、終演直後の楽屋側にお邪魔してもいる。現在の濃厚接触者の定義というのは、手で触れることのできる距離で、マスクなど必要な感染予防策なしで15分以上接触するか、マスクをしていても長時間にわたって近い距離で接触があった場合だ。たしかにそれには該当しないけれど、この濃厚接触者の定義に変更があったときに、僕は違和感をおぼえていた。以前より感染力が増しているという話なのに、濃厚接触者の基準が以前より緩められたのは、このままだと保健所の業務がまわらなくなるからでしかないと思っていた。

 では、今、自分はどうなっているのだろう。2日前のことを思い返してみる。マスクはつけていたし、誰かと近い距離で話してもいなくて、「絶対に感染しているはず」と疑うほどの接触は誰ともしなかった。ただ、以前より感染力が数倍上がっているのだということや、場合によってはお互いにマスクをつけていても感染は起こりうるという話を鑑みるに、感染している可能性はそれなりにあるのではないか。普段は人混みに紛れるような可能性がある外出のとき、KN95マスクをつけている。ただ、あの日は日曜日で、電車もさほど混まないだろうし、鼎談を収録するだけだから、普通の不織布マスクをつけていた。普通の不織布マスクだと、KN95に比べると微妙に隙間は生じる。それを考え始めると、いま自分の身体はどうなっているのか、ぐるぐる考えてしまう。

 とりあえず、その日から今日に至るまでの自分の行動を振り返ってみる。収録後はすぐに帰途につき、知人と晩酌して早々に眠り、5時過ぎには家を出ている。その段階で曝露から12時間。さすがにそんなに早い段階では他人に感染させる状態にはならないだろう。そこから空港に行き、飛行機に乗って、沖縄にやってきた。ただ、飛行機が満席だったこともあり、水を飲むのも控えて、マスクは一度も外していない。那覇入りしてから、何度か飲食店に立ち寄ったり、Uさんのお店にお邪魔してしばらく話したりはしているけれど、屋内で、それも近距離で誰かと話したということはないし、沖縄にきてからはずっとKN95マスクをつけて過ごしている。食事もテラスのような席でしかしておらず、ひとりなのにマスク会食をしていた。本とポスターを渡すときも、手指を消毒してから手にとるように意識していたから、おそらく問題はないはずだ――と、ぐるぐる思い返してみたところで、それは「大丈夫なはずだ」と思っているだけで、実際のところどうなのか、専門家ではない自分にはわからないところもある。

 パソコンを広げ、那覇PCR検査センターの予約ページを開く。最速で予約できる枠は15時だ。当日のうちに結果が出る検査は15時までの枠だけなので、当日のうちに結果を知ることはできなそうだ。それに、もしも感染していたとしても、潜伏期間のあいだはウイルスが検出されることはないはずだから、検査が陰性だったから安心だと言い切ることはできない。とりあえず車を走らせ、手指を念入りに消毒して本部町立博物館と図書館に立ち寄り、ポスターを手渡したり、図書館に本を寄贈したりする。図書館の方は、少し前に本のことを知り、仕入れようかどうか迷っていたとおっしゃっていた。図書館で新入荷として並べてもらった上に、大きいサイズのポスターを貼ってもらってあれば(図書館や博物館を訪れる人は、本を手にとる人だろう)、本を知ってもらえるきっかけが増えて、最初は図書館で借りて読んだ人も「やっぱりこの本は手元に置いておきたい」と買ってくれるかもしれないし、口コミで噂が広がり、手にとる人が増えるかもしれない。

 本部町での用事を終えると、さて、どうしよう。オミクロン株の潜伏期間はおおむね3日だという。福井県の調査だと、平均2.8日。

 

1日 9.6%(累計9.6)

2日 30.9%(累計40.5)

3日 36.0%(累計76.5)

4日 18.4%(累計94.9)

5日 5.1%(累計100)

 

となり、サンプルの数が完璧と言えるほどの母数ではないにせよ、おおむね4日までには症状が出るようだ。日曜の夕方を起点とすると、今日の夕方で丸2日だ。今日の時点で症状が出ていなくとも、まだ感染していないとは言い切れないだろう。当初の旅程だと、明日の夜の飛行機で帰京するつもりでいた。ただ、現在の基準だと、飛行機の前後2列は濃厚接触者になる。ただしこれはおそらく国際線の話である上に、あくまで「前後2列」は目安であり、具体的には機内での状況を聞き取った上で保健所が判断する、ということのようだ。万が一感染していた場合、たまたま前の列に座っただけの人を濃厚接触者にしてしまうかもしれないリスクは、できれば避けたい。自分は濃厚接触者ではないから、現在の基準では行動制限の対象には当てはまらないにしても、少なくとも平均潜伏期間である3日までは様子を見ておきたい。

 ありがたいことにというか、フライトは明日の夜を予定していたものの、ホテルは明後日の朝まで押さえてある。10時にチェックアウトして、フライトは夜となると、行き場所がなくなってしまい、感染リスクが低そうな場所を探して過ごすのもくたびれると思ったから、明後日の朝まで押さえてあったのだ。明後日の午後になれば4日が経っている計算になり、感染している可能性はほぼほぼ消えているだろう。ただ、問題は、木曜の午後に取材を受ける予定が入っていること。どうしたものかと、知人とLINEでやりとりする。それに、もしも感染が発覚した場合、沖縄にいるよりかは、東京にいたほうが自宅で療養できるし、頼れる知人もいる。そんなことを考え始めていたところで、「いやいや、まだ東京に戻ってこんほうがええやろ」と知人に言われて冷静になり、沖縄でゆっくり経過を観察することにして、取材についてはリスケしてもらえないかと打診しておく。

 那覇に引き返し、PCR検査を受けたのち、那覇空港へ。なるべく空いているフライトがいいなと、ジェットスターのカウンターに行き、木曜から週末にかけての予約状況を教えてもらう。木曜日の便が現時点では比較的余裕がありそうで(それでも予想したよりは埋まっている)、なんとなく、やっぱり木曜午後に東京に戻ることに決める。ただ、その時点でもまだ5.1パーセントだけ感染している可能性が残っているので、木曜の夜はホテルに泊まることにして、日暮里の宿を予約しておく。空港の書店を覗いてみると、僕の本は見当たらなかったので、手指を消毒して名刺とA5サイズのチラシを取り出し、手短にご挨拶して店員の方にお渡しする。レンタカーを駐車場におき、夕方にはホテルに戻り、テレビを眺めながら酒を飲んでいた。