3月4日

 6時過ぎに目を覚ます。ストレッチをして、ジョギングに出る。今日は少し冷えているせいか、走っている人とあまりすれ違わなかった。家に帰ってみると知人はもう会社に出かけている。コーヒーを淹れ、たまごかけごはんを平らげる。読売新聞を紙で、琉球新報をデジタルで読む。新報には「タコスの味 託して引退/具志堅夫妻、「メヒコ」で40年」という記事が出ている。宜野湾にある老舗タコス店「メヒコ」を切り盛りされてきた70代半ばのご夫婦が引退され、店主の友人の娘で、こどもの頃から店に通っていたという女性が引き継ぐことになったという。どうしてその方が引き継ぐことになったのかは書かれていなかった。

 こうしてお店について紹介する記事を読むたび、記者でもない僕が、しかも沖縄県の中でもごく一部の地域に限って連載を続けていることに自問自答させられる。そして、自分が書くならどんなところをピックアップするだろうと(つまり、記者でもなければ居住者でもなく――いや、そういうことは重要なことではなく、他の誰でもないわたしの視点をどこに織り混ぜられるだろうと)考えさせられる。新聞に限らず、「閉店」や「引退」といった節目のときに注目が集まることが多いけれど、それ以外の時間を書けたらなということは、ずっと考えている。

 コーヒーを淹れて、たまごかけごはんを平らげる。読売新聞の朝刊には、「ウクライナ 原発リスク」の見出し。ロシアが原発の制圧を進めており、「原発が戦闘に巻き込まれれば甚大な被害が起きかね」ないと記事にある。作業員が留め置かれており、食料も足りず、通常のような勤務交代シフトを組めずに働かされ続けている、と。ここ数日、核兵器の使用もありうるのではという議論も出ていたけれど、国際社会の猛反発を招くであろう核兵器を投入しなくとも、原発を制圧した上で管理体制に支障をきたすように水攻め的な行動に打って出れば、原発を正常に稼働させ続けることが困難になり、放射能が漏れ出す、という事態を引き起こしうるのだなと思う。

 午前中のうちに原稿はおおむね書き上がり、豚コマとニラともやしを炒めて、サッポロ一番塩らーめんにのっけて平らげる。さて、午後は――と考えたときに、そうだ、お礼参りに出かけようと思い立つ。『東京の古本屋』や『水納島再訪』を新入荷としてSNSで案内してくれたお店はリストアップしてあって、特に『水納島再訪』を紹介してくれたお店はGoogleマップに印をつけてあり、機会を見つけて訪れようと思っていたのだ。締め切りの迫っている原稿はなくなったので、せっかくだからどこかに出かけてみようか。首都圏近郊でも数店舗あるけれど、地図を見ていて真っ先に目が留まったのは大船だ。ここ最近は『ずぶ六の四季』を読んでいて、そこには港町に出かける話や出かけた記憶、そこでちょっと寿司屋に立ち寄る話がよく出てくるので、鎌倉にほど近い大船に行ってみることに決める。

 京浜東北線上野東京ラインに乗っていれば大船にたどり着くようなので、トートバッグに資料本を入れて、13時半に家を出る。千代田線も、上野東京ラインも(これは端っこの車両を選んだせいもあるけど)がらがらで、ドア脇の二人掛けの席にひとりで腰掛けながら、資料を読みながら小一時間ほど原稿を練っているうちにもう大船だ。初めて降りる駅に少し浮かれる。駅ビルがあり、駅前商店街があり、モノレールまで走っている。駅前に不動産屋が数件あり、表に張り出してある物件を眺める。2LDKで11万とあり、そこまで安くないのかと思いかけたところで占有面積を確認してみると、うちの1.5倍以上の広さだ。

 5分ほど歩くと、「本」と書かれた小さな立て看板が見えてくる。下に「未来へようこそ!」とある。あとで知ったのだが、「ポルベニール ブックストア」という店名は南米の町の名前に由来するもので、「ポルベニール」とは未来を意味するのだという。店をじっくり眺める。『大邱の夜、ソウルの夜』が目に留まり、購入する。『市場界隈』、『東京の古本屋』、『水納島再訪』と3冊も並べてくださっていたこともあり、ご挨拶する。少し立ち話をしていると、「これから追いたいと思っているテーマはあるんですか?」と尋ねられて、率直に答える。大船を訪れるのは初めてなんですと伝えると、ここは横浜と鎌倉のちょうど境目あたりなんです、と教えてくれる。

 帰り道は違う路地を選んで歩く。そちらには八百屋があり、店員さんが「はい、××が安いよ」と声を出し続けている。駅ビルに立ち寄り、ユニクロでズボンを物色する。少し前に、知人がZOZOでパーソナルカラー診断ができる眼鏡(?)を注文していて、それで僕も診断させてもらったところ、ブルーベースの夏という結果が出た。それがどこまで信用がおける結果なのかはわからないけれど、そこでおすすめの色として示されていたのは「青みのある明るくソフトな色」で、淡めのピンクに淡めのブラウン、明るくて淡い黄色に淡い紫色、それにオフホワイトといった色で、ソフトクリームみたいな色ばかりだった(ストロベリー、チョコレート、レモン、紅芋、バニラ)。基本的に黒っぽい服ばかり買ってきたので、この診断結果が確かなら、真逆だ。「ブルーベースの夏 コーデ」で検索して出てくるのは女性の例ばかりだけど、白いズボンを履いているものが多く、「そうか、白いズボンってありなのか」とはっとさせられたので、試着した上で、ゆったり履けそうな白めのズボンを2本買っておく。淡い緑と淡い紫のTシャツも買った。

 化粧水を切らしていたので無印良品で購入し、駅ビルの食料品フロアを眺める。そこに「大川水産」という魚屋さんが入っていて、切り身や干物がショーケースに並んでいる。他にも焼き魚や惣菜もあり、惣菜は3、4日は持つようなので、あれこれ買い求める。駅の改札近くに小さな駅弁屋もある(これは到着してすぐに目をつけていた)。大船軒という老舗のようで、鯵の押寿しが名物だという。2種類の鯵と鯛の押寿司が2個ずつ入った盛り合わせを買い、上野東京ラインに乗って引き返す。時刻は16時過ぎ、横浜を過ぎてからはそれなりに席も埋まっていた。ケータイを開くと、ロシアが原発を攻撃し火災が起こっているというニュースが流れてくる。そんなことってあるのかと驚く。

 17時には日暮里に辿り着き、1時間ちょっとあれば、大船まで出かけられるのだなあ。今日はお腹が一杯だったから通り過ぎるだけで済ましたけれど、15時過ぎでも暖簾がかかったままの寿司屋を数軒見かけた。繰り返しになるけれど、『ずぶ六の四季』を読んでいるせいか、ああいう寿司屋にふらりと入って酒でも飲みたくなる。あれぐらいの時間なら混んでいることもないだろう。今度はお腹を空かせて出かけてみたい。大船といえば、ちょこちょこ利用している京浜東北線の終点でもあり、よく名前は目にしてきた。ああ、「終点ぶらり」というタイトルで、全国各地の終点となる駅をめぐるのも楽しそうだ。終点になるということは、大船のように、そこはひとつの境界線になっている場合も多いのではないか。

 推しの舞台を観終えて帰宅した知人と酒を飲んで、〆に押し寿しを頬張る。パンフレットには「関東風に握り、関西風に押す」とあり、どういうことだろうかと不思議に思っていたけれど、たしかに握り寿司にも近い風貌だ。酒を飲みながら、ようやく『ドライブ・マイ・カー』を最後まで見届けた。読み解き甲斐はある映画ではあるのだろうけれど、そこまで深入りしたい気持ちにはならなかった。何度も一時停止しながら、4、5日かけて観たというだけでも、十分深入りしているのかもしれないけれど。