9月26日

 3時過ぎに目が覚める。オレンジジュースが飲みたくなって、夜のコンビニまで買いに出る。こんなふうに好き勝手に過ごせるのは久しぶりだなという気がする。旅が終わってしまったんだなと感じて、少し寂しくもある。オレンジジュースと一緒に、雑誌の棚に並んでいた『BRUTUS特別編集 音楽と酒。』というムックも買ってくる。すぐに二度寝して、8時過ぎに目を覚まし、そのムックを読む。音楽を聞かせるバーがいくつも紹介されていたり、そのお店の方の話が掲載されたりしているのだけれども、なんだろう、どこか壁を感じてしまう。いろんな音楽に触れたいという気持ちは、今、自分の中にわりとあるのだけれども、たとえば「最初は『音楽を聴いている人がいるんで、よろしくお願いします』って柔らかいんですが、度重なるとふざけるなって感じになるわけです」「今ではお客さんが連れに『しーっ!』ってやってくれます」という言葉を読むにつけ、自分がそこで過ごすことを想像できない。どんなお店の形態であれ、やかましい客がいると腹立たしくなるというのに、なぜだろう。

 おととい新千歳空港で買ったワインが届く予定になっているが、午前中は知人が自宅で仕事をするというので、風呂に湯を張り入浴する。北海道で滞在していた宿はいずれも部屋にシャワーがなく、大浴場に行くほかなくて、他に誰もいなければ湯にも使っていたのだけれども、垢すりをしてみるとぽろぽろ垢が落ちる。昼、大阪・千とせが監修した肉うどんが売っているというのでセブンイレブンに行ってみたけれど、もう売り切れてしまっていた。カップヌードル(シーフード)のビッグサイズを買って、湯を注いで帰ってくる。

 夕方になって新宿に出る。紀伊國屋書店がリニュアールオープンしたのは、調べてみると5月下旬のようだけど、その頃にはもう密着取材に入っていたこともあって、訪れるのは今日が初めてだ。一階の新刊と雑誌のフロア、以前はわりと通路が狭くて、人と行き違うのが少し億劫だった印象があったけれど、広々とした配置に生まれ変わっている(そうなると、「なんだかスカスカした感じがするなあ」なんて思ってしまうから、勝手なものだ)。Amazonでは在庫ありとなっていた本があるのだけれども、せっかくなら書店で買いたい(そして一刻も早く読みたい)と思っていたので、店頭で在庫があるか問い合わせてみる。残念ながら在庫はなく、Amazonで注文しておく。

 大ガードのほうに進んでいくと、かつて百果園だった場所に新しいお店がオープンしている。ネオ居酒屋系というのか、屋台風のお店(店名にも「屋台」という文字が入っている)で、あたらしくオープンするお店でこういうテイストのところが増えているなあと思う。そこを横目に通り過ぎて、ガードをくぐり、思い出横丁へ。17時ちょうどに「T」の前に出ると、まだ開店準備中で、「ちょっと待ってね」とマスターが言う。少し横丁をぶらついて「T」に戻り、サッポロとつくねを注文する。ここを訪れるのもずいぶん久しぶりだ。またどっか取材行ってたの?と尋ねられ、「あちこち行ってて、ここ半月は北海道に行ってました」と返すと、何、またなんか消えそうな場所があったの、とマスターが笑う。他の誰かに言われたら傷ついたかもしれないけれど、この場所で店を切り盛りしているマスターに言われると、たしかにそういう場所にばかり目が向いているなあと素直に思う。実際、この5ヶ月取材していた演劇というのも、終演時刻を迎えた瞬間に消え去ってしまうものだ。

 瓶ビールを2本飲んだあと、チューハイと韓国海苔チーズを追加する。こうして外で飲んでいると、東京に帰ってきたのだと実感する。ツアーに同行している期間は、基本的に外食を控えるというルールが課されていた。そんなルールが課されていなくたって、いつも外食には慎重になっていたけれど、こうして外で、ひとりで酒を飲むのはずいぶん久しぶりだという感じがする。たのしいなあと思うのと同時に、平民金子さんがときどき書いている、酒場という文化圏にまつわる話が頭をよぎる。仕事帰りに酒場に寄って金を遣うということは、ある意味で特権的なことかもしれないし、特にサラリーマンの文化として捉えた場合には、家を守ってくれている女性に強いているものが膨大にある上で成立してきた文化なのだろうなあ、と。結婚もしていなければ、こどももいない自分は、もうすぐ40になる今ものんきに暮らしている。

 一時期はまったく見かけなかった外国人観光客とおぼしき方達がたくさん行き交うようになった。その光景をぼんやり眺めながら、流れてくる音楽をぼんやり聴く。音楽に詳しくないぼくは、それが誰のなんという曲なのかわからないし、教えてもらおうとも思わないけれど、気分が良くなってくる。「音楽と酒」というと、自分の中で思い浮かぶお店のひとつがここだ。小一時間ほど経ったところで他のお客さんがやってきたので、少し経ったところで会計をお願いして、お店をあとにする。時刻は18時、ちょうど新宿3丁目「F」がオープンする時間なので、ハシゴ酒。ここもまた、「音楽と酒」で思い浮かべるバーだ。

 酔っ払った帰り道、地下通路に警察官がふたり立っていた。そんな場所に警察官が立っているのを初めて見た。何をそんなに、という言葉が浮かんでくる。