2月7日

 3時過ぎに目が覚める。昨晩21時に飲んだ薬の影響か、腸が張っている感じがある。飲んだ錠剤は、小さな種ぐらいの2粒だったのに、こんなに体調に変化があるのが不思議だ。医学全般に言えることだけれども、薬学というのは、自分ひとりの人生では到底たどりつけない世界が広がっているなと思う。すごいなあと、ばかみたいに思うのと同時に、どこかおそろしくもある。そのうちに二度寝して、4時55分、アラームで起きる。布団から這い出し、大腸洗浄液をつくる。10年くらい前に入院したときにも、大腸内視鏡検査のためにこういう薬を飲んだ。あのときは「ムーベン」という名前だった。今回は「モビプレップ」。封を開け、粉末の入ったビニール袋に2リットルの水を注ぎ、よく混ぜる。どんなお年寄りでも迷わず調合できるようにと、ビニールにもいろいろ説明書きがある。知人も面白がって起きてきて、つくる様子を眺めている。「5時から飲み始めてください」と案内があったが、粉末を完全に溶かし切ろうとやっているうちに5時12分になってしまう。ひとくち飲む。やっぱりまずい。スポーツドリンク風ではあるけれど、妙な塩辛さがある。15分ごとに180ミリリットル飲んでいく。「服用時の注意点」のところに、「一人では服用しないでください」と、ナチュラルに書かれている。この点は特に病院から説明を受けなかったよなと思い返す。それなりの年齢の大人であれば、家族がいるという状態が当たり前のこととされているのだなと感じる。

 指示通り、2杯飲んで、水を1杯飲む。ここまで30分。3杯目を飲み始めたあたりで、液が大腸に届き始めた感じがある。飲みながら、1月31日に取材したテープを文字起こしする。ただ飲んでいるだけだとつらいのと、時間がもったいないのとで、作業をしながら、薬を飲む。ぐびっと飲んだつもりでも、1センチぐらいしか減っていない。1時間ちょっと経過したあたりで、便意があり、トイレに。もう効果が出始めているのか、というかそもそもどういう仕組みの薬なのか、もう下痢に近い感じになっている。トイレから出て、また薬を飲む。次に便意があったときには、もう下痢という感じでもなくなっていて、少し繊維質のものが混じった色つきの液体が出てくるだけだ。ほんとうに、どういう薬なんだろう。

 6杯飲んだところで、半分の1リットルに達する。ここで1時間半。このあたりから、10分おきぐらいに便意を催す。薬で便が液状化してからも、まだ心のどこかで、「まだ固形の便が残っているのに、液体になったのが先に出てきているだけだろう」と思っていた。昨日の昼からは検査食だったから、かなり消化にいい食事になっていたとはいえ、それ以前に食べていたものが残っているはずだ。だから、まだ固形のものが残っているんじゃないかと思っていたけれど、もう液体しか出てこない。何度目かにトイレに入ったところ、ちょっと踏ん張ろうとした瞬間、痛みが走る。痔瘻というのは、肛門の近くから細菌が入り、別の穴が開通してしまうものだ。踏ん張った影響で、大腸内にある液体が、その穴から少し出てしまって、なかなかの痛みが走った。そうか、こういう可能性が出てくるのかと思いつつ、病院で注意しておいてくれよ、と思う。ほどなくして便に繊維のカスのようなものも混ざらなくなった。これでもう、まずい薬を飲まなくていいのかとほっとしながら、テープ起こしを続け、そのあと2時間近くはトイレに通う。

 僕が薬を飲み始めてすぐに二度寝に入った知人は、8時半過ぎになって起きてくる。ここまで書いたようなあれこれを、つらつら語っていると、「朝から大騒ぎやのう」とせんない顔をする。朝食を食べられないのは嫌だなあと思っていたが、1リットル以上は薬を飲んだこともあって、あんまり空腹だとは感じなかった。飲み終えて2時間が経つころには、尿意が戻ってくる。ということは、もう排便はないのだろうと、シャワーを浴びる。検査を受けやすいようにと、ここ数日着ていたスウェットを着て、その上にコートを羽織る。その姿を見て、ハリウッドスターみたいなコーディネートだと笑う。9時半に家を出て、病院へと向かった。10時に来院してくださいと言われていたところを、9時55分には到着する。受付を済ませ、新刊のゲラを読み返していると、わりと早めに自分の番号が呼ばれ、検査室のある2階に案内され、「この検査着に着替えてください」と、ビニール袋に入った服を手渡される。スウェットでくる必要はどこにもなかった。

 検査着は肛門のあたりに穴が空いているけれど、うまいこと工夫がされていて、普通に立っているぶんにはお尻が見えない仕様になっている。検査室の近くの待合室には、モビプレップを飲むお年寄りが数人いた。検査の案内には、「便が透明にならなかったり、薬を飲みきれなかったりした場合も、予定の時刻に合わせて病院に向かってください」と書かれてあった。とはいえ、「その時間に飲めなかったら大変なことになるのでは」と思い込んで、視界が暗くなっていたけれど、「おいしくないからあんまり飲みきれないわ」と、ちびちびしか飲まなかった人たちなのだろうか。あるいは、一人暮らしだから、自宅で飲ませずに病院で飲んでもらっているのだろうか(ただ、僕には「同居されている家族はいますか?」と問われることはなかったし、そこまで丁寧に対応している感じはなかったけれど)。

 ほどなくして、自分の名前が呼ばれる。まずは検査に先駆けて、点滴を投与される。看護師さんの腕にはアップルウォッチ、ミニーちゃんがポーズを決めている。それをぼんやり眺めていて、ああ、このミニーちゃんのポーズは現在時刻をあらわしているのか、と気づく。だとすれば今は10時半だ。注射や点滴は苦手でもないけれど、得意でもないなと思う。朝に見た、どこかの犬が病院に連れてこられて震えている姿を思い出す。いつも、よそんちの犬の動画をインスタグラムで見てばかりいる。ちくっとしますよーと言われて、数秒後にちくっとくる。でも、すぐに痛みは記憶の遠くに消えていく。朝、痔瘻の回路から液が出てしまったときの痛みも、もうフィクションのように感じられる。

 自分が座って点滴を受けているベンチは、検査室とはカーテンで隔てられているだけだ。バイタルの音と、水を吸い込むような音だけが響いていて、ほとんど会話は聞こえてこない。バイタルの音が響いていると、どこか不安になる。検査室は患者の神経を落ち着かせるためなのか電気が消されている。その薄暗さにも、どこか不安になる。自分は工場で処理される肉かなにかだと思い込むことにする。自分に人格というものがあるのだと思うと、途端に不安になる。検査台は3台くらいあるようだ。ここは肛門科に特化した病院だから、大腸内視鏡検査だけおこなっているのかと思っていたけれど、胃カメラの検査もまとめて受けている人もいるようだ。肛門に疾患を抱える人だけでなく、単に健康診断を受けにきただけの人もいるのだろうか。大半は高齢の方だ。

 ひとりの方は検査が終わったらしく、ひとつのスペースに電気がつき、カーテンが開けられる。看護師さんが「体、上向きにできますか」と声をかけている。僕が腰掛けているベンチから、検査を受けている人の足が見えているけれど、まるで動く様子はなかった。鎮静剤って、あんなに動けなくなるのかと戦々恐々とする。しばらくして、名前を呼ばれ、検査台へ。鎮静剤は、この点滴から投与されているのだろうか。だとすれば、まだあんまり効いている感じはない。検査台に横になり、注射を打たれる。このときは「どれぐらいのタイミングで検査がはじまるのか?」とそわそわしていたので、あまり痛みに意識は向かなかった。「はーい、お尻にゼリーを塗りますねー」と言われ、何か塗布される。10年前に内視鏡検査を受けたときのことを思い出し、ああ、そういえばこのゼリーが鎮静剤というか、内視鏡を入れられる違和感を減らすものだったような、と思い返しているうちに、「力抜いてくださいね」と言われ、内視鏡が挿入される。

 少しの違和感はありながらも、カメラが入っていき、自分の大腸が画面に映し出されている。今日になってからは、検査がとても楽しみになっていた。というのも、全然別の疾患がきっかけで、自分の大腸の健康状態を知れるのはもうけもんという感じがするし、10年前に入院したときも、胃カメラ(は苦しかったけど)も自分の内側を見るのは面白かったし、大腸内視鏡検査も、自分の大腸はこんな状態なのかと興味深く眺めていた記憶がある。10年前の検査のときは、大腸の疾患が疑われての検査だったのだけれども、検査を担当した医師から「これは教科書に載せれる大腸ですね」と言われ、ああ、そんなに典型的な疾患を抱えた大腸になっているのかと暗い気持ちになっていたら、「これが健康な大腸ですってことで、教科書に載せれますよ」と言われたのだった。あれから10年経って、自分の大腸はどんな状態なのだろうか。酒は散々飲んでいるので、大腸に優しい生活は送っていないけれど、どうなっているのだろう。画面を見ていても、自分には判別はつかないけれど、検査を担当する医師は黙々と作業を進めて、ところどころで写メを撮る。これは、どんな状態なんだろう。大腸のところどころに少しずつ液体が残っているけれど、内視鏡にそれを吸い取る装置が付いているのか、邪魔な水分を吸い込みながら、内視鏡は進んでいく。さっき検査室から響いていた音はこの音だったのかと思う。自宅でトイレにこもっているときは、「まだ便が残っているんじゃないか」と不安に思っていたけど、もう便は消え去っていて、不思議な感じがする。

 しばらく経って検査が終わる。ストレッチャーのまま検査室から移動させられて、しばらく安静に過ごさせられる。天井をただ眺める。祖母の家と同じ天井だ。しばらく経って、一階に移動してくださいと告げられ、検査着からスウェットに着替えて一階に降りる。ほどなくして、診察室に呼ばれ、手術を執刀する医師から説明を受ける。検査の結果としては、大腸は健康そのもの、とのことだった。次はもう、手術だ。何か気になることはと尋ねられたので、2月26日に出張の予定があるけど、飛行機に乗っても大丈夫そうかと尋ねておく。出張先はどこと尋ねられ、北海道ですと答える。26日かー、微妙なラインだけど、もし出血があった場合は現地の病院を紹介します、と告げられる。「北海道」は「北海道」でも、肛門科なんて到底なさそうな場所だけどと思いながらも、先生は忙しそうなので言わないでおく。もうひとつ、退院後の生活に関して、自宅に温水便座がないのだけれども、携帯用ウォシュレットみたいなのがあったほうがよいのかどうかも尋ねておく。やはりあったほうがいいとの返事だった。

 そのやりとりが終わると、会計になる。あれ、そういえば、入院時にはどういう病室になるのだろう。この病院には、個室と、二人部屋と、大部屋がある。安く済むのに越したことはないので、大部屋がいいと希望は出していた。ただ、入院の日取りを医師と相談したときに、「大部屋が第一希望だけど、状況次第では二人部屋になる可能性もある」と言われていた。退院時に入院費用を支払わなきゃいけないので、いくら準備しておけばいいのだろうかと、会計窓口の方に尋ねる。すると、カルテを持ってきて、看護師さんたちがわたわたしている。「ちょっと、先生が今、オペに入られてしまっていて――」と言っていて、ついさっきまで診察室で話していたのに、もうオペの準備に入っているのかと感嘆する。そう考えると、オペはもう日常茶飯事なのだろうなという感じがして、安心感は増す。ただ、入院する部屋は、「もしかしたら緊急オペが入るかもしれないので、当日までわからない」とのことだった。

 カネコアヤノのアルバムを聴きながら駅までのんびり歩く。音楽があってよかったなと思う。千代田線に乗り、千駄木まで帰ってきて、スーパーで買い物をして帰途につく。昨日は食事が制限されたぶん――そして「コロッケ芸人」を見たぶん、ランチョンでメンチカツでも食べようかと思っていたけれど、検査の受けやすさを優先してスウェットで来てしまったし、何より入院前に片付けておかなければならない仕事がたくさんあるので、おとなしく帰途に着く。ふと、あるブログが更新されていることに気づき、そのブログを見ると、編集者を誘ってビールを飲んだとの記述がある。あまりそういうことを考えるのはよくないなと思いながらも、校了まで1週間を切っているはずの書籍を担当していて、正しい初校も届いていないのにビール飲みにいっとったんやのう、と思わざるを得ない。

 昼はセブンイレブンで発売になっていた「八乃木」という札幌のラーメン屋の味噌ラーメンを買って帰り、仕事を進める。あっという間に日が暮れる。それぐらいの時間になって、修正版のゲラが届く。知人は遅くなるというので、22時頃までビールを飲みながら仕事を続ける。