マーム同行記21日目

 今日は1週間振りのオフだ。ただ、朝9時半に駅で待ち合わせているから、あまりのんびり寝ているわけにもいかない。腕時計を確認すると8時半だ。「ああ、ちょっと急いで支度をしないと」と思ってiPhoneを手にしてみると、そこには7時半と表示されていた。昨日で夏時間が終わったのだ。1時間余計にのんびり過ごせて、少し得した気持ちになる。

 待ち合わせ時刻ギリギリになって駅に到着してみると、そこには誰の姿もなかった。僕が集合時間を勘違いしていて、皆は先に行ってしまったのかもしれない。さて、どうしよう。皆と一緒なら観光も楽しい気がするけれど、急に一人旅の気分になれそうもないし、一日ホテルで過ごそうか――そんなふうに考えていたところに、皆が駆け込んでくる。宿舎から駅までバスに乗るつもりだったけれど、日曜日だからかバスが動いておらず、急いでここまで歩いてきたらしかった。

 今日のオフはフィレンツェで過ごす組とピサで過ごす組、それに両方訪れる組に別れている。ちなみに僕は両方訪れる組。

「どうする? ピサの斜塔を観たら速攻でフィレンツェに行く?」と藤田さん。「それか、お昼はピサで食べていく?」
「そろそろピザ食べたいよね」と波佐谷さん。そういえば今回の旅は、まだ皆でピザを食べていない。「ピザ食って、今日は昼からビール飲むか」
「ピサでピザ食ってビール飲む?」
「たかちゃん、冴えてるじゃん」と実子さん。
「いや、誰もが思ってたけど口に出さなかったことでしょ。くだらな過ぎて」
「え、どういうこと?」とあゆみさん。
「いや、二回は言わないわ」
「え、え、どういうこと?」
「もうやめてあげて。恥ずかしいから、2回言うのは」と尾野島さんは言った。

 ポンテデーラからピサは30分ほどだ。ピサの駅が近づいても、そこは普通の住宅街が広がっていた。線路沿いには、ずっとグラフィティが描かれている。窓際に立つ実子さんは、「へーえ、皆よく描くなあ」とつぶやきながら、それを写真に収めている。そうして鼻歌でスーダラ節を歌っていた。

 ピサの斜塔の最寄り駅は、閑散としていた。降りる乗客も少なく、駅前には店の一つもなかった。住宅地のあいだを歩いていくと、角を曲がったところにテントの群れが現れた。テントの中には土産物がずらりと並べられている。その先に大きな門があり、そのあいだにピサの斜塔が見えた。ピサの斜塔は、本当に傾いていた。駅はあんなに閑散としていたのに、斜塔のまわりには大勢の人がいて、皆斜塔を支えるポーズで記念写真を撮っていた。僕たちも同じようにして写真を撮った。

 お昼には少し早いけれど、皆でピッツェリアに入った。8人で5枚ピザを注文して、8等分にして食べる(イタリアでピザを頼むとカットされた状態では運ばれてこない)。ピサでピザを食べながら、ビールを飲む。視界にはピザの斜塔が入り込んでくる。小さい頃から知っている世界遺産を眺めながら過ごすなんて、現実感がなくておかしくなってくる。

 ピザを食べ終えると、ピサに残る人たちと別れて駅を目指す。先ほど降りた駅は違う、ピサ中央駅だ。先ほどの駅に比べるとずいぶん都会に見える。ピサは学生街だから若者の多いのだろう、アパレルショップがいくつも立ち並んでいる。通り沿いを歩いていると、サングラスをかけて歩いていた波佐谷さんが誰かに声をかけられていた。聞けば、昨日の公演を観てくれた人で、「昨晩は素晴らしかったよ!」と感想を伝えてくれた。

 電車で1時間かけてフィレンツェに移動したところで自由行動になった。僕は昨年も訪れたドゥオーモを眺めて、去年皆で入ったレストランで食事をした。1年も経つと、どの道を歩いたのかという記憶はほとんど消えてしまっているけれど、ドゥオーモは変わらず荘厳な佇まいをしていた。


 21時半に皆の宿舎に向かってみると、熊木さんが料理を作っているところだ。熊木さんの料理はすごいと評判は聞いていたけれど、僕はまだ一度も食べたことがなかった。熊木さんは今日、朝早くからピサとフィレンツェをまわり、美術館を堪能して気分が良いから、皆に料理を振る舞ってくれるらしかった。

 料理を楽しみに待つあいだ、実子さんを誘って散歩に出た。近所にある移動式遊園地は昨日で閉園だったらしく、撤収作業が行われていた。そのあいだを歩きながら、ぽつぽつと話を聞き始める。ちなみに、実子さんは今日、1日ずっとピサにいたらしかった。

――今日のピサはどうでしたか?

実子 ピサはね、念願かなってピサの斜塔とたくさん写真が撮れたんで(実子さんと尾野島さんは、ピサの斜塔の前でいろんなバリエーションの記念写真を撮影していた)。ほんとに楽しかったけど、もうちょっと面白いことができたんじゃないかなと思って、ちょっと心残りではありますけど。でも、楽しかった。

――実子さん、めっちゃ写真撮ってますよね。僕も結構な枚数撮ってますけど、実子さんの場合、街角にあるピクトサインとかも含めてバシバシ撮ってますもんね。

実子 ピクトサインは好きな傾向にあるから、結構撮ってますね。

――今回のツアーは何都市かまわってますけど、特に楽しみにしてるところはあったんですか?

実子 ボスニアとかはあんまり行けない感じがあったから、楽しみではありましたけど。私、基本的にどこも楽しみな感じですね。

――今回のツアーだと、実子さんはまず役者として舞台に経っていて、さらに映像スタッフでもあるわけですよね。それだけでも相当大変そうな気がするんですけど、その上で観光も全力で楽しんでるから、すごいなと思ってみてるんです。

実子 いや、テンションあげようと思って(笑)。たしかに大変な感じはありますけど……うん、ちょっとやりたいことがあるから、しょうがないっすね。

――やりたいこと?

実子 「あ、今写真撮りたい」とか、そういう細かいことでもやりたいことがいっぱいあるから。ほんとにもう、今の一瞬は二度と来ないみたいなことってよくあるじゃないですか。それがね、悲し過ぎるから。もう二度とこない感じが。

 撤収作業の進む遊園地を歩いていると、雪男に出くわした。その前でシャッターを切ると、「ちょっとー。ここで撮ったら面白いことになっちゃうから」と嗜められた。外は少し冷えるので、シネコンに入っているカフェに入り、コーヒーを飲みつつ話を聞く。

――でも、役者もやってスタッフもやるってすごく大変そうですけど、今のところ大丈夫ですか?

実子 うーん、大丈夫ではないかもね(笑)。わかないっすね。いや、これは藤田君とかもそうかもしれないけど、たとえば健康のこととか考えたら、単純に寝れない日もあるし。

――昨日の公演も、開演時間の直前に映像の不具合があって「映像、大丈夫?」ってなったじゃないですか。

実子 なった。あれはちょっと引きずりましたね。

――あれはもう、開演まで30分ぐらいのタイミングでしたけど、そこで1度頭を切り替えなきゃいけないわけですよね。映像スタッフとしての頭と役者としての頭は回路が違うだろうから、そこを切り替えるのは大変だろうな、と。

実子 切り替えは――ほんとに頑張ってます。頑張るとしか言い様がないですね(笑)。そうなんですけどね。常に考えるところですよ、そこは。今日は絶対そのことを聞かれると思ってたけど。

――最初に映像をやることになったきっかけは何だったんですか?

実子 もともと興味はあったんですけど……岸田(國士戯曲賞)を獲ったあと、絶対忙しくなるだろうなと思って、とりあえずマックを買ったんですよ。そのあとすぐに『大谷能生さんとジプシー』('12年)があって、そのときに買ったばかりのマックでCDのジャケットを作ったり、『飴屋法水さんとジプシー』('12年)のときは初めてちょっとだけ映像をやったんですね。そういうことをちょいちょいやっていくと――世の中には技術っていうものがあるじゃないですか。技術には知ってる人と知らない人がいて、その場で知っている人となると私になるから、説明するよりやるが早いってことで、私がやるようになったんです。それが積み重なるうちに責任も出てきて、たとえば「再生に不都合が出ちゃいけない」とかってことを考えると、いろいろ知識をつけなきゃいけない状況になり、知っている技術が増えて行って今に至る感じですね。もちろん、映像をやってる人からすれば中途半端な知識だとは思いますけど……。まあでも、演劇作品を作る柔軟さはありつつって感じですね。

――演劇作品を作る柔軟さ?

実子 役者としてもできることとできないことがあるし、スタッフ作業としてもできることとできないことがありますけど――でも、創作って本当にやり方がないじゃないですか。そこで色々やってみることで、もうちょっと面白いニュアンスで作品が作れるかなと思って。何だろう、役者からの視点とスタッフからの視点は全然違うけど、「これは役者さんも知っといたほうがいいだろうな」とか、「スタッフさんはこういうこと知っといたほうがいいかな」ってことは結構あると思うんですよね。演出として表立って言葉にされていることはお互い受け取ってるけど、役者が休み時間に何となくしゃべったことともあるし、スタッフさんが――スタッフさんはお客さんに近い目線で観れる部分もあると思うんですけど、「あそこ、こうしたほうがいいんじゃないかと思ってたんだよね」みたいなことをポロッと言ったりしたときに、それを藤田君なり皆なりに「こうらしいよ」って何となく伝えたりとかして。

――『てんとてん』のツアーだと、それはどういうところに出てくる?

実子 『てんとてん』だと、スタッフさんが作業していあるあいだ、皆が石を探しに行ったりしてるじゃないですか。そういうときに「皆は今、石探しに行ってるみたいよ」とか、逆に「ちょっとプロジェクターにトラブルがあって作業が遅れてるんだ」みたいなことって結構あるじゃないですか。それは事務的な話だけど、そういう些細なことは積み重なると思うんですよね。そういう滞りは開通したほうが楽だろうなと思っていて。

――そういう、マームに対する実子さんの関わり方って、どこかの時点で変わった感じはあるんですか?

実子 それはですね、常に変化してて、半年ごとぐらいには変わってますね。あと、稽古場にいるメンバーによって私の働きも違ってくるし、その人の気の遣い方もそれぞれ違うし、フォーメーションが変わってくるんですよ。

――マームとジプシーの前、荒縄ジャガーの頃から実子さんは関わってたわけですよね?

実子 そうですね。荒縄時代はね、ほんとに前作品スタイルが違うことをやってましたね(笑)。オリザさんの口語演劇にも触れたし、鈴木メソッドにも触れたし、白塗りっぽいこともやったし――いろいろ実験的でしたね。その時からもう、全部藤田君が書いてましたけど。学内でもめっちゃハイスピードで公演を打っていて、「アイツら調子のってんじゃねえか」って雰囲気もあったかもしれないけど、とにかく打ちまくってて。それで、スピード解散ですね。別に仲悪くなったとかではないんですけど。

――こないだ藤田さんと話したとき、ちょっと昔の話になったんですね。「実子もあっちゃんも青柳も、上の世代の作品に出たがってたけど、ある時期からそれが変わった」と。それは、実子さんから振り返るとどういう感覚ですか?

実子 荒縄時代は、私は出たり出なかったりだったんです。制作業務がまわらないときは制作にまわるし、出れるときは出るみたいな感じで。でも、根が出たがりなのかもわからないんですけど、大学を卒業するときに「性格的に、制作業務には向いてないな」と思ったんです。ただ、役者としては、桜美林には「OPAP」っていう学内公演があって、それは全学年オーディションを受けられるんですけど、それには1回しか受からなくてあとは全落ちしてたんですよ。一緒に荒縄をやってたあっちゃん(成田亜佑美)とかくまちゃん(熊木進)、やぎ(青柳いづみ)とかはいろんな作品に出ていたから、「私は圧倒的に経験がないな」と思ったんですね。

 あと、卒業したあとにマームとジプシーを旗揚げして、1回、2回と公演を打ったけど、ほんとに作品は大好きだったけど、どうしてもお客さんが思うように集まらなくて。それで、『これはもっとマームを知ってもらったほうがいいな』と思いもあったし、『自分は圧倒的に経験が足りないな』というモヤモヤもあって、それで外の団体に関わってみたんです。ただ、もちろん全力で関わってはいたんですけど、初めてやる人だと創作に入るまでのワンクッションがあるなと思ったんですよね。それで、1年ぐらい経ったときに『マームに集中したいな』と思ったんです。

――それはいくつぐらいのときですか?

実子 それが……24の終わりとかですかね? 個人的に、役者として、考えたら、まあ、課題だらけなんですけど。課題だらけです。


 話を聞いているあいだ、実子さんはずっとソワソワしている様子だった。話しづらそうだった。聞き方がまずかったかなと思いながら話を聞いていたけれど、最後にその理由がわかった。

実子 ちょっと、ダメだ私。ほんとに、自分のこと話すのが苦手過ぎて。今日は我慢したけど、小学生のときから、自分のこと話すと泣いちゃうんですよ。別に泣きたいわけじゃないんですけどね。授業中に自分の意見を言うときとかに、「私はこう思います」ってことを話すと泣いちゃうんですよ。

――それは、どういう感情なんですか?

実子 あのね、手を挙げてしゃべる瞬間までは大丈夫なんだけど、別に悲しくもないんですけど、涙が出てくる。なんか、その瞬間にね、いろんな状況が、頭の中を駆け巡っちゃうんですよ。伝わるか伝わらないかみたいなことも考えちゃうし。「これは伝わるんだろうか」とか、「これを言ったらこうなっちゃうんじゃないか」とか……。なんかもう、色々ワーッとなっちゃう。ああ、大丈夫かな。ちょっと待って、大丈夫かな私。ほんとに不安です。うまいこと書いておいてください。

 シネコンを出て宿舎に帰る数分間、もう少しだけ話を聞いた。

――『てんとてん』に出てるとき、実子さんは何を思ってるんですか?

実子 『てんとてん』は、ほんとに面白いなと思ってるんですよね。やってる最中も色々気づくことはあって。

――たとえば、どんなことですか?

実子 なんか、考え方とか。昨日の本番中とかは、聡子ちゃんが最後に「ひかりは、ひかりは、ひかりは」って言うところと、まる(荻原さん)が「私には、ひかりが、見えない」って言うところについて、本番中だけどすごい考えちゃって。“あやちゃん”はそれで死ぬことを選んで、“さとこちゃん”は街を離れることを選んだけど、“さとこちゃん”はその先に何を見てるのかなと思って。なんか、生きることって、そういうひかりが――希望みたいなものがないと生きれないのかなとか。わかんない、漠然とですけどね。昨日は「ひかりって何だろう」って、改めて考えました。

――あのラスト、いつもちょっと放り出された気持ちになるんですよね。

実子 そう。今まではまるの台詞ってあんまりクロスしてこなかったんだけど、昨日はすごいクロスしちゃって。ひかりが見えてる“さとこちゃん”と、ひかりが見えない“あやちゃん”って、すごく対照的じゃないですか。

――僕がいつも思い浮かべるのは、あるテレビ番組のことなんです。ノルウェーのテレビ局が、暖炉で薪が燃えてるだけの番組を流したら、それが20パーセントも視聴率を取ったらしいんですよ。まあ暖炉の火も「ひかり」と言えばそうですけど、でも、そういう映像を観ながら生きて、それで死んでいくとしたら、人間って何なんだろうなってことを時々考えるんですよね。

実子 その番組、新しいな。でも、海外に来るとほんとに――たとえばピサとかでも、いろんな国から観光客が来てるけど、皆それぞれ違う価値観で生きてるわけじゃないですか。なんかほんとに、地球とかって変な星だなと思って。

――変な星?

実子 だって、宇宙が広がってる中で、こんな生命体がそれぞれに思考みたいなのを持って蠢いているとか……。なんか、たとえば自分の生き甲斐みたいなものとかも、ほんとちっぽけなもんじゃないですか。でも、それがないと生きてけないってのも、なんかよくわかんないしね。

――この『てんとてん』って作品を観れば観るほど、好きになるというか、自分でも使いたくなる台詞があって。それは、実子さんの「謎は深まるばかりだ」って台詞なんです。

実子 ああでも、私も普段使う機会が増えちゃったんです。謎は深まるばかりですよ。

 宿舎に戻ってみると、熊木さんのおいしい料理たちが完成していた。イタリア風の肉じゃが、ミネストローネ、カルボナーラ……。日本を離れてもうすぐ3週間が経とうとしているけれど、久しぶりにホッとする味のものを食べた気がする。熊木さんの料理に舌鼓を打ちながら、ポンテデーラ最後の夜は更けてゆく。