8時半に起きて、個人的な仕事を進める。知人はずっと眠っている。仕事にくたびれると、充電ケーブルに繋いだアイフォンを放り、知人の腹の上にのっける。ちょっとした釣り気分だ。知人は「電磁波やめてよ」と面倒くさそうにアイフォンをどかす。

 作業を続けているうちに13時になってしまった。シャワーを浴びて、14時過ぎに知人と一緒にアパートを出る。信号待ちをしているデイサービスの車があった。

「年を取ったら、どこか悪くなったりするのかな」と僕。
「うん」と知人が返事をする。
「悪くなるとしたらどこだろう?」
「腰でしょ、もふは」
「え?」
「家系的には私も腰が悪くなると思うけど」
「え、何で俺の腰が悪くなると思ったわけ?」
「だって、腰の位置が変だもん」

 腰の位置が、変……? 腰の位置が変って、一体どういうことだろう。ぼんやり考えているうちに新宿駅に着き、中村屋へと向かう。ビルを建て替えてからは初めてだ。前は上のほうの階でカレーを食べた気がするけれど、今地下2階のワンフロアだけがカレーを提供する店だ。20人ほどが行列を作っている。他の店を探すには腹が減り過ぎていたので、待つ。15分ほどで店内に案内される。内装もすっかり変わっている。お客さんは老人が目立つ。生ビールを飲んで待っていると、10分ほどでカレーライスが運ばれてくる。うまい。ただ、僕が案内された席だと、照明が微妙な位置に設置されていて、テーブルの上が影になっている。せっかくならもうちょっと食事が美味しそうに見えるように照明を設置すればいいのに、と思う。

 追加で注文したハーフ&ハーフを飲んで、店を出る。知人と別れ、湘南新宿ラインに乗る。しばらくテープ起こしをして、19時、稽古場にお邪魔する。扉を開けた瞬間、少したじろぐ。通し稽古前の休憩時間だったのだけれども、20人以上が通し稽古に向けて準備を整えている風景を前にすると、ぶわっと風が吹いたように感じる。一週間前にも稽古場をちらりと覗かせてもらっているけれど、雰囲気が全然違っている。皆、公演に向けて走っているんだなあ。僕はここ最近ずっと、彼ら、彼女らと一緒に旅したときのドキュメントを書いているのだけれど、それは1ヶ月以上前のことで、彼ら、彼女らはもうずっと先を走っている。違う場所にいる。一体僕の書くことに何の意味があるのだろうという気持ちにもなってくるけれど、ドキュメントというのはいつも過ぎ去ったことしか描けないのだから仕方がないんだと自分に言い聞かせる。

 稽古場の前には蚕がいた。蚕なんて小学生に見たきりだ。葉っぱを食むと、バリバリと小さな音が響く。動かない蚕のほうが圧倒的に多い。そういえば、虫も寝るのか。動かずにピンと伸びた蚕を見ていると、本当に珊瑚に似ている。繭になった蚕たちも沢山いた。初日を迎える頃にはきっと、繭を破って羽化するのだろう。歌声を聴いた。歌声には涙がにじんでいた。あの涙は、一体何だったのだろう。その涙は、一体誰のものだろう。そのことを、本番を観てもっと考えたいと思う。

 通し稽古を見学させてもらって、稽古場をあとにする。見学しているあいだに考えたことを反芻させながら、駅前の餃子屋で焼き餃子と生ビールをいただく。2杯目に頼んだレモンサワーを飲んでいるうち、何か文章を読みながら帰りたいという気持ちになってくる。コンビニで缶ビールを購入したのち、駅構内にある小さな書店に入る。平積みしてある文庫本をざっと眺めて、リチャード・ブローティガンの『芝生の復讐』が目に留まる。横須賀線の中でさっそく広げてみたけれど、酔っ払っているせいか2篇しか読むことができなかった。