2月10日

 3時過ぎに自然と目が覚めた。腹が減るので、4時半にサッポロ一番塩らーめんを茹でて平らげる。着替えるときに電気をつけたことで知人と喧嘩になりながらもアパートを出て、千代田線に乗る。5時過ぎでも座席が埋まるほど混んでいて、この時間から仕事に出かける人たちもいるから世の中がまわっているのだなあと呑気なことを考える。日比谷駅から有楽町駅まで歩き、山手線で浜松町に出て、モノレールに乗り換える。モノレールはさすがにがらがらで、羽田空港も本当に閑散としている。出発手続きを経て、搭乗口の近くに辿り着いたところで「これでもう、乗り遅れることはないのだ」とホッとする。あちこち飛び回る生活から少し離れただけなのに、「久々に飛行機で移動する」ということで、どこか身構えていたのかもしれない。

 飛行機に搭乗する。ぼくは人がいない最後列の席を選んでいたのだけれども、その手前にキャビンアテンダントの方が立っていて、後方には他に誰も乗客がおらず、今日のフライトは強い揺れが予想されるため25列目あたりをお勧めします、と告げられる。ぼくが宮古から那覇に乗り継ぐことも伝わっているようで、私ども乗務員も同じルートです、と伝えられる。荷物を上の棚に入れているあいだに、「失礼ですが、今日はどのようなご予定で」という話になり、「『c』の取材です」と答える。飛行機が動き出す。文庫本を読んでいると、窓から朝日が差し込んできて、本のうわ端だけが茜色に染まり、しばらく見惚れてしまう。今となりに知人が座っていたとしても、この美しさを伝えることは難しいだろうなと思う。「これ、綺麗じゃない?」と伝えたところで、読書に没頭していたところでふいにその色と出会うのとでは、見え方が違ってしまう。

 飛行機は離陸すると、東京湾を大きく旋回する。アクアラインが見える。あのあたりが最近観ている『木更津キャッツアイ』の舞台なのだなと思う。東京湾にはたくさんの船が行き交っていて、湾岸の工場からは煙が上がっている。こうして遠くから眺めると、情緒を感じてしまいがちだけれども、そこにはただ日常があるだけだ。富士山が見えてくるあたりまで、ずっと窓の外を眺めていた。こうして眺めているあいだ、「この風景のひとつひとつに誰かの生活があり、人生があるのだ」という言葉では表しきれない、なんとも言えない感情になる。それをうまく言葉にすることはできないけれど、愛おしいという言葉とは違うものだということだけは確かだ。

 飛行機の中では原稿を書いていた。シートベルト着用サインが点灯したところで、パソコンを閉じ、窓の外に視線を移す。田んぼの畦道を軽トラが走っているのを眺めていると、さっき、富士山のあたりで浮かんだものとはまったく別個の感情が浮かんでくる。それらをうまく言葉にはできないけれど、やっぱりぼくは、ひとつの場所に根ざしているよりも、根なし草のようにいろんなところを行き来しているのが一番しっくりくるのだろうなと思う。宮古空港で同じ機体にトランジットして、那覇空港にたどり着く。空港も、そこから乗ったモノレールも、国際通りも、信じられないほど静かだった。ホテルランタナに荷物を預け、Uさんのお店で少し立ち話して、明日の取材に向けて桜坂劇場で映画を観る。

 映画館を出たあと、界隈をぐるぐる歩き、傘屋さんで傘を買う。以前から取材をしたいと思っていたお店で、琉球新報で連載していることを伝えてみたものの、取材は難しそうな感触だった。これからどんな取材が可能だろう。頻繁に通うことが難しくなると、自分に取材することができるのだろうかと心許ない気持ちになる。緊急事態宣言の影響で臨時休業中のお店も多く、静まり返った平和通りを歩いていると、この場所をどんなふうに書くことができるのかとも感じる。そこで「希望の灯を絶やさない」みたいな、わかりやすい言葉を書くためだけに、ぼくが足を運ぶのは違う気がする。

 「赤とんぼ」でタコライスの小を買い求める。仮設市場をのぞくと、組合長のAさんと出くわす。明後日は旧正月で、普段なら市場の書き入れ時だけれども、今年はもうしょうがないですねとAさんは笑う。15時にホテルにチェックインして、原稿を書く。

 17時過ぎ、缶ビールを飲みながら安里に出る。おでんの「T」に向かっていると、以前取材をさせてもらった「A」のマスターと出くわす。「(「A」の系列店にあたる)「T」で立ち食い寿司やってますんで」とマスターが教えてくれる。「T」にたどり着くと、以前と違ってお店の扉は開けっぱなしになっている。去年から18時開店に切り替わっていたけれど、緊急事態宣言を受けて、17時から営業するようになったのだと店主のMさんが言う。先月末には売り上げがゼロの日もあったそうだ。テイクアウトも含めての売り上げゼロで、流石に心が折れたと、M

さんは笑いながら言う。その言葉にどう答えればよいのかわからないまま、おでんを平らげる。「写真撮ってる人がいるから、動かない方がいいよ」とMさんに言われて、(そう言われたのに)店の外に目をやると、カメラを構えている人が立っている。「調査員かもしれないね」とMさんが言う。緊急事態宣言が出てからというもの、営業しているかどうか問い合わせの連絡も増えたそうだ。

 18時に「T」を出て、すぐ近くにある「T」に向かうと、マスターがカウンターの片隅に立っている。ここにも他にお客さんがおらず、「コロナが収まるまではどうにもなんないっすね」とつぶやく。中トロの握りとブリの握り、それに鰻とクリームチーズ細巻きを頼んだ。最後の細巻きが思いのほかウマく、酒が進む。18時50分には店を出て、「うりずん」に入り、白百合と海ぶどうを頼んだ。この店も、信じられないほど空いている。19時半には店をあとにして、隣の酒屋さんで缶ビールを買って、ゴン太を眺めてからホテルに引き返す。