2月13日

 3時にはすっきり目を覚ます。4時過ぎに布団から這い出して、コーヒーを淹れておき、シャワーを浴びる。4時55分に家を出て、西日暮里で京浜東北線に乗り換え、浜松町からモノレールに乗る。モノレールはがらがらで、しかも乗客の半数は羽田空港より手前の駅で降りていく。窓が少し開けられていて、牧場みたいな匂いがするなと思ったら、大井競馬場の近くだった。いそいそと荷物を預け、保安検査場を通過する。中身は空だが、魔法瓶を入れていたせいで検査に引っかかる。「水筒か何か入っていますか?」と鞄を開けられそうになり、ああ、入ってるかもしれませんと自分で取り出そうとすると、「こちらで確認していいですか?」と言いながら鞄を開けられる。「こちらで確認していいですか?」と許可を求める口調なのに、問答無用で開けようとするのはおかしいだろうと思い、「自分で出します」と少し抵抗してしまう。ただ、結局のところ鞄をがさごそされ、水筒を取り出される。中身は何ですかと尋ねられ、「空です」と中を示す。

 売店で辛子明太子のおにぎりを買って、ロビーの隅っこで頬張り、搭乗口へと向かう。『C』のTさんとここで合流し、ご挨拶。飛行機はがらすきだ。選んだ最後列に向かうと、トイレの目の前で、そうか、これはこれで感染リスクがあるなと気づかされる。斜め前の座席には、30歳くらいの二人組が座っている。3人掛けの席に、あいだを一つ空けて座っている。席に着くなり、肘掛けとテーブルを除菌シートで拭いている。飛行機が離陸し、ベルト着用サインが消えるとお弁当を取り出し、マスクを外したまま談笑しながら平らげている。さ、さっき除菌してたのは、と不思議に感じる。機内ではいわきのプロジェクトの原稿を書いていた。今日はLCCではないので、機内でWi-Fiにつなげるため、フライト中に原稿を完成させてメールで送信しておく。

 10時、宮古空港に到着し、那覇行きにトランジット。同じ機体のため、飛行機に戻ると「おかえりなさいませ」と声をかけられる。「お仕事ですか?」と笑顔で尋ねられ、え、ああ、仕事です、と挙動不審になってしまう。これは自分の仕事に誇りを持っていないとかそういうこととはまるで別の話として、勤めているわけではないせいもあり、「仕事です」とまっすぐ答えづらい気持ちがある。写真家のTさんと待ち合わせ、Tさんの運転する車で、まずはホテルに荷物を預けにいく。このまとわりつく空気に触れると沖縄にきたって感じがする、今年の東京は特に乾燥してるから余計にそう感じる、と『C』のTさんが言う。いや、そうですねと相槌を打ちながらも、はたして自分は湿度のことなんて感じられているだろうかと後になって思う。

 まずは県庁前あたりの中華料理店で昼食をとる。天井が広く、客席の間隔も離れているので落ち着く。僕がキンコーズの袋にポスターを入れているのに気づいたTさんに、「あれ、その荷物は?」と聞かれて、(あれ、献本は届いてないのかなと思いつつも)『水納島の本が出て、ジュンク堂書店がB2サイズに拡大コピーしたものを飾ってくださっていたから、元のデータから出力したものをお届けしようと思って』と説明していたこともあり、「橋本さんの新刊を見に行ってみよう」という話になる。入ってすぐの一等地に変わらず展開してくださっているのだが、おそらくお客さんが勝手に置いたのだろう、反ワクチン本が勝手に置かれているので、どかす。それに、ギリギリまで駄々をこねていたこどもが置いて行ったのか、箱入りのおもちゃも本の上に置かれていたから、これも近くのベンチにどかしておく。

 お店の方にポスターを渡し、那覇市久米にあるお店で『C』の取材。創業60年の老舗だ。ただ、あれこれ立ち入った話を聞いてみると、「創業60年の老舗」という言葉の感触とは異なるものに触れることになり、しみじみ話を伺う。1時間半ほどで取材を終える。この日はちょっと春めいた天気だったせいか――それも自分で気づいたわけではなく、『C』のTさんが空港に着くなり「沖縄はもう春だね」と言っていたのと、お店の方が「今日はあったかいから」と言っていたので気づいただけ――冷やし物を求めるお客さんが途切れず、ずっと賑わっていた。15時40分にホテルにチェックインしたのち、チラシと傘だけ手にして出かける。スカイレンタカーで車を借りて、市場前駐車場に出て、今度取材してもらうことになっているMさんと待ち合わせ。取材のメインカット、「せっかくなら市場のあたりで」という話になり、それならパラソル通りが今の状態であるうちにと、写真だけ今日のうちに撮ってもらうことにした。明日にはネットが張られ、座れなくなるはずのパラソル通りで、写真を撮ってもらう。1,2分だけ撮影をしているあいだに、後ろのテーブルからプシュッと酒を開ける音が聴こえ、かちっという音のあとにタバコの匂いが届いてくる。

 じゃあ15日の取材、よろしくお願いしますと伝えて別れ、車に乗って58号線に出て、読谷へ。今日も書店巡り。「突然挨拶にこられても迷惑だろうなあ」という思いはずっとあるけれど、数日前に書店員とおぼしき方が「『水納島再訪』も事前案内なし、初回配本なし。ご当地なのに……。」とツイートされているのを見かけて、せめて自分が行かなければという気持ちもある。最初にお邪魔したお店で、まずは棚を眺めて、店員さんがお手隙のタイミングを伺う。本も並んでいるけれど、CDやDVDもある。来店するお客さんの多くは、コミックをレンタルしたり、レンタルしたものを返却したり。高校入試向けの問題集を親子でぱらぱらめくっている親子の姿もある。自分の地元にも近いものを感じるけれど、そこにしっかりと郷土書のコーナーがあるのが沖縄の書店のすごいところだなといつも感じる。自分の本は見当たらず、おそるおそる店員さんに声をかけ、名刺を差し出し、こういう本が出ていますということと、新報に近々インタビュー記事を掲載いただく予定なので、もしかしたらそれを見てお問合せされるお客様がいるかもしれません、ということだけお伝えして、お店をあとにする。

 同じショッピングセンター内にあるスターバックスコーヒーに入り、アイスコーヒーをテイクアウト。フードの陳列棚の中に、あんバターサンドがある。少し前にかまいたち・濱家が絶賛していて、気になっていたものの、なかなか見かける機会がなかった。ようやく見つけたものの、今日は冷やし金時を食べてお腹が満ちているので、また今度にする。数キロ車を走らせ、同じく読谷の書店に行ってみるも日曜定休だ。そこから石川に出て、2軒。うるまで、1軒。具志川で、1軒。同じように挨拶を繰り返す。棚に在庫があったのは最後のお店だけで、そうか……と思ってしまう。県内にある小さな島の話ではあるけれど、その外側にも地続きの話だと思うから、どうにか読んでもらいたい。そのためには、今のようにささやかな言葉で話していても届かないのかもしれないけれど、これ以上大きな言葉で語ることはできないなとも思う。

 本の案内をしてまわっているとき、店員さんがずっと無言のままだったお店がある。まったく無視されたというのではなく、差し出した名刺やチラシは受け取ってくださって、こちらの目を見て話を聞いてくださったのだけれども、黙ったまま僕の話を聞かれていた。そのことをずっと反芻している。事前案内がなく、今になってチラシを持ってお邪魔してしまったせいだろうか。あるいは、書き手が突然お邪魔してしまって、ご迷惑をおかけしてしまったからだろうか。あるいは、ようやく沖縄は感染が収束しつつあるのに、東京都の住所を印刷した名刺を持った著者が挨拶まわりにやってきたことへの違和感だろうか。ぐるぐる考えながら、土砂降りの雨の中、那覇まで引き返す。