3月5日

 5時半にアラームが鳴る。洗い物をして、コーヒーを淹れ、シャワーを浴び、コーヒーを一杯だけ飲んで(残りは知人のぶん)アパートを出る。6時45分日暮里発のスカイライナー3号車には、ぼくを含めて4人だけ乗客がいる。空港第2ビル駅で降りると、同じように電車を降りた乗客には、キャビンアテンダントとおぼしき髪型をした人の姿が目立つ。これは去年からずっとそうだ。成田空港第3ターミナルに向かうと、おそらく中国行きの便なのだろう、国際線のカウンターにたくさんの乗客が列を作っている。防護服姿の人もひとりだけ見かけた。去年の秋に乗ったときから、預け荷物は乗客が自分で機械を操作するようになっている。でも、ジェットスターのスタッフが近寄ってきて、ぼくのかわりにタグを荷物に貼り付け、マシンに載せてくれる。でも、どんなに操作しても「荷物タグがありません」とエラー表示が出てしまう。タグをつけたのもマシンに載せたのもジェットスターのスタッフなので、これ以上何をどうすればよいのかわからないけれど、スタッフは他の乗客への対応で皆ふさがっている。10分くらい経ってようやくスタッフがつかまり、尋ねてみると、「窓口で対応いたしますので、列に並んでお待ちください」とのこと。ようやく自分の順番が回ってくると、「もう出発時刻が迫ってますので」と、荷物と一緒にゲートに案内される。出発時刻が迫っているので、特別なゲートから預け荷物を通すので、その窓口まで一緒にと、スタッフに誘導される。「お急ぎください」と言われたので、タグをつけたのもマシンに載せたのもスタッフの人で、それでエラーが出たのでこの時間になったことを伝えた上で、今後も同じようなトラブルがあると困るのでどの過程に問題があったのか知っておきたいんですがと尋ねると、機械の不具合だと思います、と返ってくる。不安だ。手荷物タグを貼り付けて、大きなマシンを操作するのは、怖い。どこか手違いがあったらと思うと不安だから、あのマシンはできることなら操作せずに過ごしていたい。

 ローソンでサンドウィッチを買って、保安検査場を通過し、搭乗口を目指す。大学生だろうか、10人組ぐらいの若者たち――部活をやっているようには見えないけれど、何人かがサッカーボールを入れた袋を提げている――が、はしゃぎながら歩いている。飛行機に乗る前にサンドウィッチを口に詰め込んで、搭乗する。ジェットスター303便、27F。スカイライナーはあんなにがらがらだったというのに、飛行機はほとんど満席だ。自分も移動しているのだから、完全に矛盾した気持ちではあるけれど、緊急事態宣言下でもこんなに移動する人がいるんだなと不思議に思う。去年、GoToトラベルが始まるまでは、ほんとうに飛行機はがらがらだったのだ。ただ、あのときは漠然とした不安を抱えながら飛行機に乗っていたけれど、今ではマスクと、外科医が手術をするときに使うようなゴーグル(?)があるので、ほとんど不安は消えている。同じ列の座席に座っているのは外国人の家族だ。英語やフランス語ではない言葉が聴こえてくる。小さなこどもが窓の外を見たそうにしているので、背中をシートに張りつけるように本を読んで過ごす。

 那覇空港に到着すると、荷物を受け取り、PCR検査センターを探す。空港到着ロビーの出口、サーモグラフィーのカメラが並べられているところの脇に、小さく案内表示が出ていた。こんな表示では、沖縄県が水際対策として空港でPCR検査を受けられるようにしているのだと知らないまま行き来する人が大半だろう。空港の一番端っこにある検査センターはがらがらだ(30分に10名と枠が設けられているものの、昨日のお昼に予約ページを開いてみても、各時間帯にせいぜいひとりずつしか予約は入っていないようだった)。受付で7000円払って、検査キットを受け取り、唾液を採取する。採取場は簡単な間仕切りがあり、正面に梅干しとレモンの写真が貼られた壁を眺めながら、唾液が出るのを待つ。採取が終わると、検体を預け、退出する。すぐにスタッフがそのエリアを除菌していた。

 ゆいレールで県庁前に向かうと、県民広場でガマフヤーの方がハンガーストライキをしている。その様子はニュースで触れていた。スーツケースを引いてまっすぐそちらに進んでみる。まわりを取材陣が囲んでいて、その姿は見えなかったけれど、しばらくその場にたたずむ。ホテル(ランタナ那覇国際通り815号室)に荷物を預け、まずは仮設市場へと坂を下る。いつのまにか市場の外壁にオーロラビジョンが2個設置されていた。もっとベターなお金の使い道があるんじゃないかと思ってしまう。しかも、そこで流れている映像はまちぐゎーを舞台にしたプチドラマで、どうしてわざわざフィクションにしてしまうのだろう。まずは先月の連載で取材させてもらった「仲村アクセサリー」にお邪魔する。原稿は確認してもらってから掲載しているとはいえ、紙面で見たときにどんな印象を持たれたかはわからないので、掲載後に取材した方と会うのはいつも緊張するのだけれども、「わたしの言いたいことが全部書いてあった」と言ってくれてホッとする。「全部書いてあった」なんてはずはないことはぼくだってわかっているけれど、それでもそう言ってもらえるとホッとする。昔のお客さんが電話をかけてきてくれたり、またお店に遊びにきてくれたりしたのだそうだ。昔は一緒にお店を切り盛りしていたという夫も紙面を読み、「これを書いた人は女性? すごく文章がやわらかいね」と言っていたそうだ。ありがとうございましたとお礼を言って、向かいのUさんのお店にもご挨拶。Uさんのお店にも、「向かいのお店の記事が出てたね」といってくるお客さんがいたという。そして、「私としても、このタイミングで仲村さんの記事が出たのは心強かった」とUさんは言う。Uさんのお店から見て、「仲村アクセサリー」の左隣にあった琉球銀行が先月閉店し、右隣の公設市場があった場所はまだ建設工事が始まっていなくて、店番をしているときに視界に入るものは仲村さんのお店だけになって、運命共同体のような感覚もあって、そこの記事が出たのは心強かったのだ、と。

 お昼は「上原パーラー」のネパール風カレーを買って、パラソル通りで食べる。界隈をうろうろしていると、公設市場の建設予定地で、なにやら地鎮祭のようなセットが組まれている。去年の初夏と秋にも、それぞれ地鎮祭と安全祈願祭がおこなわれていた(後者は組合長にお願いして中に入れてもらい、記事にした)。どうしてまた地鎮祭のようなことがおこなわれているのだろう――そのまま通り過ぎようかとも思ったが、妙に気にかかり、入り口にいる警備員の方に話しかけてみる。不審がられないようにと、琉球新報で市場についての連載をしている旨を伝えてみたけれど、その警備員の人はあくまで警備をしているだけで、どうして今日の催しが開催されているのかはわからないようだった。もう式が始まりそうだったので、終わるまでその場で待つことにする。しばらく眺めていると、近くの鰹節屋さんが駆け寄ってくる。お客さんから「家を建てるのに地鎮祭をやるから、お供物に鰹節を買いたい」と依頼を受けることが多いのだけれども、宮司さんが祭壇にどんなふうにして鰹節を飾るのかわからず、どんな状態で売ればいいのか、いつも困っていたのだという。でも、遠巻きにはその様子が確認できず、「もし見えたら、あとで教えて」と、お店に帰ってゆく。30分足らずで式が終わると、警備員の人が施工業者の方に、そして施工業者の方が市の職員の方に声をかけてくれて、今日の行事のことを教えてくれる。地盤強化のために地面を掘っていたところ、骨が見つかり、その供養もかねてもう一度催し物が開催されたのだと教えてくださる。その骨のゆくえを考えながら、ホテルに引き返し、チェックイン手続きをする。

 17時過ぎ、ホテルを出て散策する。仮設市場の前を通りかかると、店頭で太鼓を手に取る観光客の姿が見えた。ああいったものを手に取っている観光客の姿を、久しぶりに見た気がする。去年のGoTo トラベルのキャンペーンの時期にも、あんまりそんな風景をこのあたりで見かけなかった。Uさんのお店を再訪し、『市場界隈』にサインを入れてながら、しばらく話す。「世代交代」という言葉に対する違和感をUさんが話しているのを聴きながら、考える。ぼくの新報での連載も、何十年と続く老舗だけではなくて、あたらしくオープンしたお店も取材したいと思っているものの、この連載がまとまって本になったときにもう閉店してしまっていたら残念だなと思ってしまうだろうから、どこを取材するか迷ってしまう――そんな話をすると、それは残念ではあるけど、それはそれで、そのときだけ存在していたお店の貴重な記録になるんじゃないですか、とUさんが言う。18時、緊急事態宣言中は休業していた「パーラー小やじ」を訪ね、まずは生ビールを注文する。それを飲み干し、日本酒を注文したところでメールが届く。明後日掲載されるぼくの談話のゲラだ。なかなか原稿が届かず、もしかしたらふにゃふにゃ話し過ぎてボツになってしまったのだろうかとそわそわしていた。もし修正があれば20時半までであれば間に合いますとあり、酒を飲みながら何度か読み返し、知人にも転送する。記事を読んだ知人から「なんでこの本を『すごい』と思ったのか伝わらん」と言われたことも含めて、考え、コンビニのコピー機からネット経由でゲラを2部プリントアウトし、ビールを飲みながら赤字を入れる。20時、赤字を清書して、コンビニでスキャンし、メールで送信。ホッとしたところで、先月機内誌の取材で伺ったお店を目指す。お店に入ると、まずは料金を説明される。まず、チャージが3000円。そして、ビールが1本1000円、泡盛のボトルは8000円から、とっくりだと3000円で出せます、と言われる。そう言われると、なぜだかかえって気が大きくなり、じゃあまずはビールをと頼んで、すぐに飲み干し、泡盛をとっくりで注文し、ぐいぐい飲んだ。このお店にくるまえに、ビールを数杯と日本酒2合飲んでいたせいで、2本目のとっくりを頼んだところですっぱり記憶は途絶えている。ほんとうは追加の取材をしたくて(せめてひとつだけ質問をしたくて)訪れたのだけれども、話はまったく聞けそうになかったので、やけ酒のようになってしまったのだろう。