10月26日

 9時近くまで眠ってしまう。急いで缶と瓶を捨てにいく。ペットボトルはもう回収されていた。書評しようと思って悩んでいた本は、聞き書きをされてきた方の本で、自分の仕事に引きつけて何かを書くことはできるのだけれども、すでに亡くなった先達とのかかわりについて、どうしても自慢のように読めてしまう箇所が目についてしまう(これは、実際に本人に自慢する気持ちがあったかどうかとは別問題で、そういうなにかが滲んで見える文章には抵抗がある。開き直って自慢しているとまた印象が違う)。やはりこれを書評するのは違う、と決める。

 さてどうするか。そうだ、と「往来堂書店」に出かけると、『聖子』という本が目に留まる。これだ、と買い求めて、読みながら帰途につく。これで行こうと決めて、16時に神保町へ。新刊書店で新刊をチェック。新刊台をふさぐように店員さんと立ち話をしている人がいて、聞こえてくる内容からどういう人なのかわかってしまうので、気をつけたほうがいいのになと思う。『父のビスコ』を買って、大手町へ。千代田線だとYMUR新聞の入り口にすぐアクセスできるのに、半蔵門線からだと改札を出てしばらく歩かなければならない。千代田線沿線になにか縁があるのだろうか。いや、たまたまか。

 16時40分、YMUR新聞に到着する。今日はいつもと違うフロアの会議室だ。この時間だと一番乗りで、じっくり吟味する。数日前に購入した小説も、当然ながら並んでいる。ただ、小説を書評するなら作家の方が書いたほうが反響も大きいのではないか、本にとっても幸せなことではないかと思って、手をつけずに、一旦置いておく。少しずつ委員の方が集まり始める。担当してくださっている記者の方がやってきて、「前回の検討本の結果を」と尋ねてくれる。ちょっと、どれもナシにしようと思って、そのかわり今日これを読んで非常に面白かったのでこれを諮りたい、と伝えると、あ、1年ルールが、と記者の方が言う。言われてみれば、今年の初め頃に別の著作の書評が出ていた。ちょっと検討してみてもらったものの、やはり1年ルールにひっかかるため対象とするのは難しいという話になり、がっくり肩を落とす。委員である期間も残り少なくなっているのに、今回の委員会で決める書評に、自分が選んだ本は存在しないことになってしまった。そして、手をつけずにおいた本をチェックするのを忘れていて、その本を自分の検討本に入れそびれてしまう。

 がっくりきながらも、お弁当の蓋を開ける。今週からついにお弁当が復活した。「今半」(Kさんが言っていた通り、人形町のほうの今半だった)のすき焼き弁当。今日は「菊花」というもので、むかごしんじょう、鶏エリンギ包み紅葉揚げ、薩摩芋甘露煮、長メバル西京焼、大根・しめじ・なめこの餡かけ、すき焼き、それにおはぎが入っている。これでビールが飲めたらなあ。食事を終えて、本を回覧する。隣に座っていたSさんが、ある空撮写真集を手に取り、「これ、わたしの実家です」と指差す。なんだか不思議な心地がして、しばらく眺める。

 委員会はいつもより少し早めに終わる。今日は新宿に出かけるつもりだったので、地下に降りて、「あの、今日は新宿まで」と担当の方にうきうきした気持ちで伝えると、すみません、最近は厳しくて、登録されているご住所にしかお送りできないんです、と告げられる。ただで足にしようとしていた自分の魂胆と浮かれた顔が恥ずかしくなり、そうですよね、すみません、電車で向かいますと告げて去る。しばらく歩いて丸の内線ののりばにたどり着き――大手町はいろんな地下鉄が乗り入れていて便利なように見えるけれど、乗り換えが結構大変だ――そういえば坪内さんと『エンタクシー』で地下街を歩く企画をやったときにもそんな話になったのだった――丸の内線に乗り込んだ。やってきた電車はがらがらで、端っこに座り、委員会で選んだ本を読む。霞ヶ関から赤坂見附あたりで次々と人が乗ってきて、それなりに混雑する。

 20時半に新宿3丁目「F」にたどり着き、階段を降りる。そこそこ席は埋まっていて、一番奥だけ空いている。そこは写真家のK.Kさんの定位置という感じがするので普段は座らないのだけれども、そこに腰掛ける。L字の、短い辺のほうに当たる席だ。ここからだとお店の様子がよく見渡せる。アクリル板で仕切られていて、すぐ近くには二人組、その向こうに一人客、その向こうにまた二人組、一番遠くに一人客がふたり(顔見知りなので一緒に話している)。一番近くにいる一人客とぼく以外は皆、マスクを外して楽しそうに談笑している(お店の方はふたりともマスクをつけたまま接客している)。ぼくが座っているすぐ近くでサーキュレーターが回転しているので、それを頼みの綱のように思いつつ、ビールを注文した。

 ママのHさんは『東京の古本屋』を読んでくれたらしく、面白かったと言ってくださる。ドライブインのときも、初めて訪ねて行っていきなり質問するのは違う気がするって書いてたけど、その距離感って誰でも持てるものじゃないと思うから、それはあなたならではのものだと思う、と。ビールを飲み干したところで、キープしてあるボトルのうち、焼酎の方を出してもらって水割りにする。カウンターの内側の、氷が置いてあるところ、そこからカウンターを挟んだ向かい側に座っている女性がさっきから少し声が大きくなっているのが気になって、お湯割りにしようかとも思ったけれど、ここでお湯割を頼むにはまだ季節が早い気がする。

 21時を少し過ぎたあたりで、お客さんが少し減り始める。ぼくも21時45分頃に「H」をあとにして、人通りのない明治通りを歩き、『聖子』に描かれるお店があった場所を通り過ぎ――そこは現在、いまどきの居酒屋になっている――階段を降りる。「あら、はっちゃん!」とお店のKさんに声をかけられ、こっちにどうぞとカウンターの奥に促される。L字の角っこあたりの席で、すぐ左隣に男性の2人組が、左に女性の一人客が座っている。僕が席に座るなり、「なんでマスクしてんの?」と、すぐ左隣の男が声をかけてくる。その言葉は相手にせず、お店のRさんが「ソーダ割でいい?」と尋ねてくれたことに、お願いします、と答える。男は数分にいちど、「同調圧力ってやつですか?」といった調子で声をかけてくる。うるせえな、他人のことに干渉してんじゃねえぞと言いそうになるのを堪える。ぼくがこの店を荒らすわけにもいかないし、相手にすると同レベルになってしまう(カウンターの中には女性ふたりが立っているにとかかわらず、女っていうのは、と繰り返しほざいているような、50代くらいの男だった)。酔っ払っていたのか、ほどなくして二人組は去って行った。

 はっちゃん、見たわよ、東京堂で3週連続一位だったじゃない、とKさんが言ってくれる。今日の夕方にも東京堂に行ったけど、今もTOP10に入ってたわよ、と。ぼくもその時間帯にいましたよと伝える。「でも、あのはっちゃんがねえ」と何度かKさんが言うので、そのたび、あのはっちゃんがって、どのはっちゃんですか、と返す。初めてこのお店にきてから、もう15年近く経っている。たしかに、あの頃は自分の本が東京堂で1位になっているだなんて、まるで想像していなかった。ずいぶん遠いところまできたような気がする。ウィスキーのソーダ割りをかぱかぱ飲む。二人組が帰ったあと、顔見知りの編集者がひとりやってきたけれど、あとは静かなままだった。「サラリーマンが仕事帰りに同僚と1杯」というお店は、緊急事態宣言が取り下げられてから繁盛しているのだろうけれど、こういう、ひとりで飲みにくる人が多い店は、お客さんが戻りきっていないのではないかという気がしてくる。ひとりでしっぽり飲んでいた人たちは、「酒を飲むだけなら家でも飲めるし、経済的だ」ということになってしまったのではないか。

 少人数で過ごす店内で、顔見知りの編集者が話す言葉が聴こえてくる。昔は敬語で話していたような気がするけれど、今はタメ口になっている。ぼくはここ数年はあまりこのお店に足を運んでいなかったけれど、その編集者はきっと、頻繁に通っているのだろう。時間の経過を感じる。ここでは誰もマスクをしていなかった。コロナの脅威が消え去るまで、ここに飲みにくるのは難しいかもしれないなと思う。お店の人がマスクをしているのであれば、今日のような絡まれ方をすることもないだろうけれど、お店の人がマスクをしていないとなると話は別だ。やるせない時代になったなあと思いながら、終電に間に合うようにお店をあとにして、地下鉄に揺られる。今日は〆にラーメンが食べたくてたまらない。帰りにセブンイレブンに立ち寄り、一番カロリーが少ないものをと探すと、飯田商店監修の醤油ラーメンが目に留まる。これを買って帰ると、知人はまだかろうじて起きている。酔っ払いとして迷惑をかけることのないようにと注意を払いながら、知人に「3すすりぐらいまでなら食ってもええよ」と話しかけ、ラーメンをふたりで平らげる。